「あれはミャク釣りですよ」「フライキャスティングがないからやらない」。
仲間どうしやフライショップなどでの会話はもちろん、雑誌やインターネット上にいろんな情報が錯綜(さくそう)しているユーロニンフの釣り。
ここでは、メソッドのゆりかごである欧州や世界の実際と、誤解だらけの日本の現実とそのわけを鑑みる。
誤解
フライショップの店主とおしゃべりをしていてユーロニンフの話になった時「あれはエサ釣りと同じでしょう」とか「ミャク釣りですよ」などと言われた。ゲストからそんな話を聞くことがたびたびある。何を思って店主がそう言ったのか、真意はよくわからない。
「ミャク釣り云々~」のほうは、米国コロラド州のチャック・ファザギルによるアウトリガーテクニックのように、サオを立ててイトを張ってドリフトをしている姿を見てそう思ったのだろうか。
もしそうなら、タイトライン的なニンフの釣り=(イコール)ユーロニンフなのではない。正確に言えば、それらはユーロニンフの一部だ。
「フライキャスティングがないからユーロニンフの釣りはやらない」と話すフライショップもあると聞いた。
これは、オモリの重さとサオの弾力で仕掛けを投げる釣りのように、ニンフの重さでキャストする釣り=ユーロニンフだと思ったのだろうか。そうであるなら早計だし、よく知らなかったのだ。ユーロニンフの中には、ラインの重さで”ちゃんと”キャストする釣りがある。
ユーロニンフは、日本のフライアングラーの想像いじょうにさまざまな釣り方がある。ほとんどの日本人フライアングラーは、私も含め、欧州のマス釣りをまだ何も知らないだけだ。
多様性のわけ
彼の地の自然はもとより、民族や言語、文化、ひいては国がそうであるように、欧州のフライフィッシングとマス釣りには、日本人アングラーの想像をはるかに越えた多様性がある。
以前試合の時に話したルクセンブルク(ベルギー、フランス、ドイツに囲まれた欧州の小さな国。ドイツ語系を話す)の選手は、
「そばにいい川がないんだ。だから”いつも”ドイツの川で練習している。日本チームはどこで釣りしてるんだ?」
と言っていたし、あるセッションで会ったコントローラー(試合時の監査役)のフランス人女性(自身もコンペティターだと言っていた)は、
「フランスに住んでいるが釣りはスペインのアングラーに教えてもらっている。いつもスペインの川に行ってます」
と言っていた。欧州の国々は陸続きだし、EU加盟国のほとんどは互いに圏内を自由に移動できる。自国の川で外国人アングラーが釣りをしていることも珍しくないし、多様な言語の存在そのものに慣れている。多様性の一因はここにもある。
たとえ外国人がやっていた釣りであっても、言葉でのコミュニケーションが完璧でなくても、優れた釣り方はしだいに広まっていく。自国のマス釣りと融合する。文化になる。そうして、欧州ではさまざまな釣りが絶え間なく交雑して進化を続けている。それは言語や民族、国を越えたところにある。このあたりは欧州各国にあるサッカーのプロリーグになぞらえて考えると想像しやすい。
日本はどうかといえば、昨今フライフィッシングのお手本は米国にある。釣り道具であれ釣り方であれキャスティングであれ、情報源や源流はアメリカ一辺倒だといっても言い過ぎではない。もちろん、UKやその他の国からの影響もあるが、それらには決定的な共通点が一つだけある。総合的に鑑みると英語圏の国に限られているということだ。
英語圏以外の国は”遅れている”のか
では、マス釣りにおいて英語圏以外の国のフライフィッシングが”遅れている”かといえば、けっしてそうではない。
たとえば、FIPS-Moucheによるワールド・フライフィッシング・チャンピオンシップ(以下WFFCと略)で1982年以降のチーム戦をみてみると、獲得したメダル数とポイントで最も優れていたチームは、フランス、チェコ共和国、イタリアの順である。2022年を含む10回を振り返っても、米国、UKの4カ国、ニュージーランドなど、いわゆる英語圏のチームが優勝したことは一
度もないのである(2022年から過去10回のWFFCの開催地は、欧州圏内で計8回、オーストラリアとアメリカで1回ずつの計2回)。
ユーロニンフのゆりかご
ユーロニンフの揺籃といえば前述のWFFCや同ヨーロピアン・フライフィッシング・チャンピオンシップをはじめ、世界各国で開催されている大小のコンペティションによるところが大きい。
WFFCの試合では、川の釣りをはじめ、スティルウオーターではリザーバーや湖のバンクフィッシング、ボートフィッシングまで、さまざまな釣り場でマスを相手に釣果(尾数とさ長)を競う。
ニンフの釣りは、ポイントへの貢献度やその確率からみても、河川での競技で重要度が高いメソッドの筆頭だ。
「フライキャスティングがない」かどうかはともかく、2000年代に台頭し世界を席巻したチェコニンフ(ユーロニンフ4傑のうちの一つ)は”ショートニンフ”と呼ばれた。
膝にバレーボール選手のようなニー・プロテクションパッドをつけて魚に近づき、ライン先端をバイトインジケーターに用いた。2012年から2014年の間、チームチェコはWFFCで3年連続チーム優勝をしているが、現在も同じ釣り方をしているかどうかは同国の選手以外知る人はほとんどいない。また、日本では2023年の今もなお「チェコニンフ」という言葉をよく耳にするが、どんな釣りを差しているのかはよくわからない。
それって、いつのチェコニンフ?
露出しない理由
もとより、”今”のユーロニンフの釣りは現役のコンペティターしか知らない。そう言っても過言ではない。
新陳代謝の速度は速い。試合をきっかけに、選手間には国やチームを越えた交流がうまれる。いろんなことが入り交じって釣りがアップデートされる。セッションのたびにメソッドは改良され、フライパターンがうまれ、釣り道具、アクセサリーなどに新たなトレンドが誕生する。
少し考えればわかることだが、不特定多数の人が自由に閲覧できるインターネットや雑誌などのメディアに、試合で勝つための”最新”の釣りの要諦を公開する現役の選手はどこにもいない。
もしも現役の選手による情報があるなら、自分がかかわる製品や商品、ショップのプロモーションなど、多くはセールスのためのものだ。ほかは、程度の差はあれど、本人にとって”差しさわり”のない内容だろう。
ニンフの釣りだけではない。日本のアングラーが大好きなドライフライ・フィッシングもそうだ。ウエットフライやストリーマーの釣り、スティルウオーターの釣りも同じだ。コンペティティブなマス釣りの、最新の”核心”は簡単に露出しない。いつもベールに包まれている。
想像してほしい。世界には、国の威信をかけてマス釣りの国際大会に出場しているナショナルチームがいる。スポンサーや自社の看板を背負っている選手もいる。14歳からユースに入り、家族をはじめ周囲の人びとに支えられながら練習や試合を続けてきた選手がいるのだ。
洗練を続ける競技由来の最新のマス釣りは、川の釣りであれ湖の釣りであれ、より優れた(高いランキングの)現役のコンペティターに学ぶほかない。具体的には、フィッシングガイドはもちろん、クリニックやセミナーをやっている選手がいるから利用すればいいのだ。これらは、国を越えた選手間でも行なわれている。
日本の現実
日本のフライアングラーがもっとも影響を受けているマス釣りの情報発信元は、国内の専門誌とメーカーによるものだ。
しかしながら、わが国のフライフィッシングにかかわるメディアは、2023年1月現在いまだ一度もWFFCのようなトラウトフィッシングの国際大会を取材したことがない。著名人もライターもそうだ。メーカーも、試合に来たこともなければ釣りを見たこともない。
そうであるにもかかわらず、雑誌やインターネット上にはユーロニンフにかかわる情報が錯綜(さくそう)している。これでは、職業人はもとより、わが国の市井(しせい)のフライアングラーに誤解がはびこっても無理はない。
(2023年1月)