Stanley E. Bogdan

きらめく本命チャンピオン糸巻き

 マスやサケを釣るための大型リールの中で、一等好きなのはBogdanボグダンだ。

 乾いた、低すぎず高すぎない逆転音は耳に心地よい。10ポジションのブレーキは鮭鱒類の釣りに必要充分な調整幅と強さでしっかり効く。マルチプライヤー(ハンドル1回転に対してスプール2回転)で巻き上げが速いところもこのフライリールの美徳だ。長駆ラインを出していても、いざとなればビューッ! と一気に巻き取れる。そして、マスが一気に走った時は、ハンドルはスプールの半数しか逆転しない。これは、じつのところ現実的で優れた機能だ。

 使い手が触れそうなリールの角のほとんどはていねいに面取りされている。手や指先が引っかかるようなところがなく、リールのあちこちは丸くなめらかな触り心地だ。フライリールは、機能はむろんのこと音や触れた時の感触が大事。最終的には、生理的に心地よい道具に手が伸びるからだ。

 どんな美人にもほころびはある。ここだけの話だが、大美人の泣き所もコッソリ報告しておきましょう。ボグダンの内部、中心のスピンドルは意外に細くて華奢だ。やはり、せいぜい大型のサーモン相手がいいところ。取りざたされるブレーキの機構は複雑で、ことのほか部品点数が多い(パーツの少ないリールはよいリールという人もいる)。また、ほかのアメリカ製両軸リールに比べ、そのS字ハンドルは素材が悪いの厚みが薄いのか、けっこう曲がりやすい。これとて巨匠の意図なのだろうか。よくわからない。

 

 しかしながら! 私にとってボグダンは、何よりフライフィッシングの空気を全体にまとった具現そのもの。痘痕(あばた)も靨(えくぼ)のうちだ。些細なことは欠点にならない。大好きなミステリ小説家、ディック・フランシスふうにいうなら、やっぱり「ゆうゆう3馬身は引き離しての、きらめく本命チャンピオン糸巻き」なのだ。まぁー、いささか大げさな表現ではありますが、お許しあれ。

 たしかにボグダンは安くない。でも、同じ年くらいのトーキョーのサラリーマン、みんな高級車乗ってるでしょ? 私は高級車にも乗ってなきゃ都心に高級マンションももってない。そして、フライフィッシングのガイドだし釣りは生業だ。だから、イヤミを言われたらわざと真剣な面もちでこう言うことに決めている。

「えー? 職人がいい旋盤買うのと同じですよー。仕事ですからー」と。イヒヒヒッ(笑)。

同時代の空気

 さて、このタイプのアメリカ製両軸リールといえば……古くは堂々たる一等星であるフレデリック、ジュリアス、エドワードのVom Hofeボン・ホフ・ファミリーはもちろん、一家の血脈を継いだOtto Zwarg(エドワードの工場長だった)、さらには同社のパテントを取得したA.L.Walker、現代ではボグダンと同じマサチューセッツ州ナシュアの町のボブ・コルセッティによるPeerlessピアレスなどなど……いろんなメーカーがある。

 

 釣り道具好きのみなさんと同じく、じつはあれこれ手に入れた。そして、古いものはすべて手放してしまった。理由は「自分の”だぶはん”に合わない」と思ったからだ。

 私のツーハンド・ロッドは多くがこの10年以内に作られたモダンなものばかり。大枚はたいて手にしたE.V.H.を喜びいさんでリールシートに付けた時はやるせなくなった。時代が違いすぎるせいかリールだけがくっきり浮いて見え、どこから見てもキマってないのだ。これはミスマッチなんだ……。その時はっきりそう思った。私の目にはそう映ったのだから仕方ない。

 たとえば、洋服好きにはたまらない博物館級のLevi'sの501XXのデニムはどうだろう。今や、金さえあれば夢のようなヴィンテージすら手に入る。けれど、ここからが問題だ。いくら垂涎の品でも、戦前の服をモダンな手持ちの服と合わせながら粋に着こなせるのは、実際のところ本当の洒落者だけだ。フツーの男が着ようものなら、それは”時代遅れのジーパン”にしか見えない。しかも、私といえばまぎれもなく後者のほうだ。

 もっといえばリールはお洒落するための服じゃない。道具として最初に検討すべき、いちばん大切な機能面でのバランスはどうだろう。つまるところ、バンブーロッド全盛の時代のリールはおおむね同時代の竹ザオとのバランスがいいし、現代の高弾性グラファイトのサオにはティペットを守る意味でも今のリールがいい。重さのバランスについても大概同じことがいえる。これは道理だろう。

 たとえ何がなんであれ、使わない物のコレクション趣味はない。高級品は好きだがなんてったって根は貧乏人、道具にかんしていえば、値段に関係なく”働かざるもの〜”が身上だ。そんなわけで、ほかの大型両軸リールはあっさりすべて手放した。

 

 巨匠スタンリー・ボグダンさんが他界したのは2011年。ご子息のステファンさんが作ったものを含めれば、ボグダンブランドのリールは、デザインを変えずに最近まで製造されている。機能面のバランスはもちろんのこと、同時代性やその調和を鑑みるなら、”現代的だぶはん”に合う、数少ない両軸リールだと思います。やれやれ。

由緒正しいマルチ系ボグダン使いの小物といえばコレ、米国の1ダイム(10セント)。これをドライバー代わりに使うのが正調って知ってた? ”A ten cent piece used as a screwdriver is〜”とリールに付属のドキュメントにも記載されている。
由緒正しいマルチ系ボグダン使いの小物といえばコレ、米国の1ダイム(10セント)。これをドライバー代わりに使うのが正調って知ってた? ”A ten cent piece used as a screwdriver is〜”とリールに付属のドキュメントにも記載されている。
フェイス側のプレートにある三つのマイナスねじにぴったり。誰もがポケットの中に1枚くらい忍ばせている硬貨ということか。どこでもスプール交換できるための配慮。
フェイス側のプレートにある三つのマイナスねじにぴったり。誰もがポケットの中に1枚くらい忍ばせている硬貨ということか。どこでもスプール交換できるための配慮。
内部のブレーキをちょっぴりお披露目。半月状の、スリットの入った両サイド2個の白い樹脂がいわばブレーキシュー。初期のリールには赤いマイカルタ(ナイフのハンドルなどに使われる樹脂)を用いたものもある。さ〜、お掃除しますか。
内部のブレーキをちょっぴりお披露目。半月状の、スリットの入った両サイド2個の白い樹脂がいわばブレーキシュー。初期のリールには赤いマイカルタ(ナイフのハンドルなどに使われる樹脂)を用いたものもある。さ〜、お掃除しますか。
大西洋サケ釣りが好きだったスタンリーさんにあやかって、昨年の晩夏は道東の川のサケ釣りにも連れて行った。これぞ本懐とばかりにあたりに逆転音を響かせつつ、シロザケやカラフトマスに八面六臂(はちめんろっぴ)の働きぶりだった。
大西洋サケ釣りが好きだったスタンリーさんにあやかって、昨年の晩夏は道東の川のサケ釣りにも連れて行った。これぞ本懐とばかりにあたりに逆転音を響かせつつ、シロザケやカラフトマスに八面六臂(はちめんろっぴ)の働きぶりだった。